【獄死の元死刑囚】関西青酸連続死事件【筧千佐子】

【獄死の元死刑囚】関西青酸連続死事件【筧千佐子】

事件概要

発生日時2007年(平成19年)から2013年(平成25年)の間
発生場所京都府・大阪府・兵庫県の3府県
内容高齢男性3人が生命保険金や遺産狙いで青酸化合物によって
殺害され、1人が青酸中毒になった事件。
似た事件が描かれる黒川博行の小説のタイトルを取って
後妻業事件」と呼ばれることもある。
被害者夫の筧勇夫さん(当時75歳)死亡
元交際相手の本田正徳さん(当時71歳)死亡
元交際相手の日置稔さん(当時75歳)死亡

元交際相手の広利明さん(当時77歳)
重い後遺症を負い約2年後に死亡した。
犯人筧千佐子(当時67歳)かけひ ちさこ
判決死刑
※執行されず獄中で病死(2024年12月26日 78歳)

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相関図

千佐子と関わり死亡した男性たちの相関図。
千佐子は男性たちの死によって、総額5億円以上もの大金を受け取っていたとされる。

発覚のきっかけ

逮捕のきっかけとなったのは、4番目の夫である勇夫さんの死だった。
勇夫さんは千佐子と結婚した翌月に自宅で倒れた。千佐子が119番通報をし救急で運ばれるも死亡。
不審に思った警察が検査したところ血液から致死量を上回る青酸成分が検出された。

こうして殺人として捜査を始めた。

筧千佐子と男性たち

結婚相談所で年収1000万円以上の男性を物色

Tシャツのプリント加工会社経営をしていた最初の夫が死亡したあと、千佐子は会社を引き継ぐ。
しかし倒産。
その後、結婚相談所へ登録し
『年収1000万円以上、年齢問わず、80から90でも構わない。それで別に健康でなくてもいい。初婚も再婚も離婚も死別も構わない。』という条件で男性を探し始める。

千佐子を知る相談所の仲人は千佐子についてこう語る。

「年齢より若く色が白いです。そんなにデブではなし、やせてはないし、男としてはなんらかの魅力がある。なにしろその話術にみな翻弄されるでしょうね。男を取り込む会話のトーンがいいし、テンポがいい。テキパキとして、自分の用件をちゃちゃっと伝えるテクニックを持ってますからね。賢かったですね。愛想はいい。それでスニーカー履いてさっささっさ歩く。今回の事件がこれだけ大きくなったのは、そんだけ彼女の実力が発揮できたいうことじゃないですか。おたくらでも100人おったら95人は騙されるでしょうな。話題が豊富やもん。それでパッパッと言う。読みがあるから、一つの会話に絞るんやなくて、こっちもあっちもと話をしながら、自分の望むほうに誘導するんですよ」

千佐子を見抜いた男性

千佐子は結婚相談所を通して年収2000万円の男性と会う事となった。
しかし交際へは発展しなかったという。
この時、交際を断った男性は仲人にこう話していた。

彼は会社の役員してるから、年収2000万ありました。
ただ、やっぱりそんな人だから、人を見る目がある。彼は15分くらいで、
『あ、あらあかん』と。
それで交際もなにもなかったから良かったんです。
『あら気いつけなあかんど』と、帰ってからすぐに言ってました」

交際を思いとどまり命拾いした男性

千佐子は相談所を通して別の男性とも出会っていた。
その男性は年金と製材所で働いてる給料で生活をしていた。
千佐子に積極的に2回目のデートに誘われ、はきはきとした印象の人だったと話す。

しかし、千佐子は妙なことを言い出した。

これまで大阪の人と兵庫の人と2回結婚して死別したという話をして、そんなふうにダンナさんが亡くなっているから、『いつ世間に放り出されるかわからへん』と。それで、『私、あなたと一緒になったあとで、もし一人になったらどうしたらいい?』と聞いてくるんです。

それはつまり、僕が死んだあとで、自分の将来がどうなるかいう質問ですよね。なんでまだ2回しか会うてない相手に、そんなこと聞いてくるんかなと思いました。

男性はこのあと、相談所を通して交際を断った。

あとで事件のことを聞いて、あんとき交際を思い留まってよかった思いましたね。もしあの人と続いとったら、僕が殺されとったかもしれません。ほんまに危なかったですわ

筧千佐子の生い立ち

1946年11月28日
長崎県長崎市で生まれる。
北九州屈指の進学校である福岡県立東筑高校へ進学した千佐子は、教師になるために大学進学を目指す。
しかし親に反対され大学進学を諦め住友銀行(現在の三井住友銀行)に就職した。

その後、最初の夫と出会い結婚。
夫婦で大阪に移り住み、2人の子供が生まれた。

1994年9月
夫と死別し、借金を背負う。
1人で子どもを育て大学まで進学させた。
2人の子供が一人立ちした後にお金目的のために高齢男性を狙うようになる。

公正証書を作らせ全財産をもらう

短い期間で男性と交際や結婚を繰り返し財産を得てきた千佐子の手口は公正証書を作成させることだった。

死亡する数日前から数か月前に男性に『全財産を遺贈する』という内容の公正証書を作成させ、保険金の受取人も千佐子に変えたり準備を行っていた。

そして男性が死亡した翌日には男性宅の金庫を業者に開けさせ、保険やマンションなどを処分し財産を得た事もある。

以下、兵庫県伊丹市の日置稔さん(75歳)が死亡した時の具体例を挙げる。

千佐子は日置さんと結婚相談所で出会い交際をスタートさせ約半年後に内縁関係になった。
しかしそのころ千佐子は結婚相談所で別の男性とも交際を始めている。

ここから数日単位で事が起こるので日付とともに挙げていく。

日置さんが死亡した経緯

2013年8月14日
日置さんが千佐子に「健康食品ありがとう」とメールをしていた。
これは千佐子が青酸カリを飲ませる手口で使われていたカプセルとみられる。今後の警戒を解くために毒入りではない物を渡したと考えられる。

2013年9月2日
日置さんに「自分が死亡した場合、全財産を千佐子に遺贈する」との公正証書遺言を作成させた。

2013年9月16日
千佐子が日置さんに
「9月19日に会うときまでに、合鍵を作っておいて自分にわたしてほしい」
「公正証書や通帳等は金庫に入れておいてほしい」と依頼している。

2013年9月19日
日置さんが千佐子の家に泊まる

2013年9月20日午後7時ごろ
ファミレスの駐車場で日置さんの体調が悪化。
救急車を呼ぶ。
この時千佐子は救急隊員に「男性には子どもがおらず、末期がん患者だ」と嘘をついている。
そして病院で延命措置を断り、「本人は末期の肺ガンで、蘇生措置はいらない」と主張した。
その後検視が行われたが、男性は末期の肺がんで死亡したとされた。

2013年9月21日
千佐子は業者に頼み、日置さん宅の金庫を開けた。

数か月かけて総額1500万円以上を取得。
そして日置さんの死亡の翌月には千佐子は別の男性と再婚をしている。

逮捕そして死刑確定と獄中死

2014年11月 筧千佐子(当時67歳)逮捕
2021年7月21日 死刑が確定。大阪拘置所に拘留されていた。
2024年12月26日 あおむけの状態のまま呼びかけに応じなかったため、救急搬送。死亡した。

死因は病死となっている。

私は死刑は覚悟してるから。いつ執行されても仕方ないと思ってる。
やっぱり私も人間やからね。
そら生きられるなら、生きていたいと思うわ。

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