【北九州監禁殺人事件#2】事件の内容を出来るだけ時系列に分かりやすく。

【北九州監禁殺人事件#2】事件の内容を出来るだけ時系列に分かりやすく。

この記事では「北九州監禁殺人事件」の事件内容について出来るだけ時系列に分かりやすくまとめます。

『北九州監禁殺人事件#1~松永太とその異様な人間関係~』はこちら

事件概要

 

発生日 1996年(平成8年)~2002年(平成14年)
発生場所 福岡県北九州市小倉北区
内容 主犯の松永太が、内縁の妻を含む親族や知人などの
同居相手に対して
脅迫・虐待などを相次いで行い、
最終的には互いに殺害させるように仕向けた。
被害者 ①緒方誉  (父) (61歳) 死亡
②緒方静美 (母) (58歳) 死亡
③緒方理恵子(妹) (33歳) 死亡
④緒方主也 (義弟)(38歳) 死亡
⑤緒方彩  (姪) (10歳) 死亡
⑥緒方優貴 (甥) (5歳) 死亡
⑦虎谷久美雄(知人)(34歳) 死亡・・・松永の知人不動産業男性
虎谷さんの娘 (17歳) 脱出して無事保護
犯人 松永太(逮捕時40歳)
緒方純子(逮捕時40歳)

事件の相関図

 

事件の発覚

 

2002年3月6日
監禁されていた17歳の少女が脱出し、祖父母に助けを求め保護された事で事件が発覚した。
(1984年生まれ)

潜伏先の確保

詐欺・脅迫事件で指名手配中に松永と純子は土地勘のある北九市内に戻ってきた。
そこで松永の知人で不動産会社勤務の虎谷さんに接近、複数のマンションを契約し潜伏した。
マンション契約の名義人は松永の複数の交際相手で、保証人は虎谷さんであった。
仲介者である虎谷さんが保証人になることは宅地建物取引業法違反である。

母子不審死事件



この頃に松永の仕業ではないかと言われている「母子不審死事件」が起きている。
松永は既婚女性(当時32歳)と知り合い、結婚の話を持ちかけ、金を要求。
この女性は夫と離婚し、別れた夫やその親から合計1880万円を受け取り松永に渡している。
しかし送金が途絶えるようになった。
1994年3月31日
女性(当時32歳)は大分県のべっぷわんに飛び込んで自殺した。
この女性には1歳の娘がいた。
5ヶ月前の1993年10月29日
娘(当時1歳)
頭部強打の急性硬膜下血腫で死亡している。
この母子の死亡は「限りなく他殺に近い」と表現されたが、刑事事件とはならなかった。


虎谷さん親子監禁


虎谷さんは松永から競馬の馬券屋の新会社設立を聞かされる。(いわゆるノミ屋)
そこで虎谷さんは同姓していた女性と別れ、社宅に住みながら松永の元へ通うようになる。虎谷さんの娘は純子が養育するとして松永が確保したマンションへ移った。

松永は酒の弱い虎谷さんを酔わせ、虎谷さんが以前に不動産業で部屋の消毒をせず客に引き渡し、工事費を着服した事を聞き出すと「犯罪だ」と追及して弱みを握った。
さらに、
「実の娘に性的虐待をした」
「会社の金を横領した」
「純子に対して強姦未遂を犯した」などと嘘の事実確認書を書かせ、弱みにつけこむ。

そして虎谷さんは職場に出社できなくなり退職すると、松永のマンションに引っ越すこととなる。そこから松永の虐待が加速する。

 

虎谷さん殺害

松永と純子は虎谷さんへの虐待を行っており、純子は松永が不在の時にも一人で虎谷さんを虐待した。
松永がチェックをし手加減をしている事が分かると純子は制裁を受けた。
また、虎谷さんへの虐待は虎谷さんの娘にも行わせていた。

虎谷さんは一切反抗せず、死亡する数日前には次男を妊娠中の純子に対して
「元気な赤ちゃんを産んでくださいね」と言うほど純子のことを気づかっていたという。

1996年2月26日
松永は純子に指示して通電、食事を与えないなど虐待を繰り返し衰弱死させた。
死亡直前には、虎谷さんの娘に虎谷さんに歯形がつくほど噛ませ写真を撮っている。
そして虎谷さんの娘に「父、虎谷さんを殺したことを認める」という事実関係確認書を作成させ、殺害に加担した罪悪感を植え付けて虐待を繰り返し、監視下に置いた。
松永は虎谷さんの娘と純子に遺体の解体を命じ、海に遺棄させた。
遺体の解体時に妊娠中だった純子は、解体後に陣痛が起こり大分の病院に駆け込んで次男を出産している。

女性監禁事件

虎谷さんの生前、友人である女性(当時36歳)と松永が出会う。
この女性は結婚しており、3人の子供がいた。夫とは不仲だったという。
松永は言葉巧みに結婚を約束。
長男の親権は夫に、長女は受験勉強として実家に預け
女性、次女(当時3歳)、松永、純子で同居を始める。
1996年12月30日から翌1997年3月16日にかけて女性と次女を北九州のアパート2階の四畳半和室に閉じ込め、連日虐待をした。
虐待は純子にも行わせたり、女性に次女を虐待させたりしている。
1997年3月16日未明
女性は隙をついて窓から飛び降り脱出。
女性の逃亡後、松永は次女を前夫の家の前に置き去りにし、さっさとアパートを引き払い姿をくらました。
この女性はその後精神科に長期入院しPTSD、摂食障害を患い生活保護を受けている。

純子の逃亡

逃亡未遂①

虎谷さん殺害後、松永は金の工面をする人間をなかなか獲得できずにいた。
松永は純子に金の工面を命じ、純子は母親や妹に金の無心をしている。
母親は金を渡していたが、妹からは拒否されている。
1997年4月
その後母親からも拒絶された純子は松永にも伝えずホステスとして働くこととなる。
しかしこれがきっかけで純子が松永の元に帰ってこなくなる。
松永は純子の居場所について肉体関係のあった純子の母親に聞き出し、
純子の父親、母親、妹をマンションに呼び出し松永の自殺と葬儀があるという嘘を純子に伝えさせた。純子が現れると、父親、母親、妹は松永に命じられ純子を取り押さえた。
再び松永の支配下に置かれた純子は今まで以上に虐待を受けている。

逃亡未遂②

1997年5月中旬
松永は下関在住と偽って交際している女性がいた。
その女性に下関消印の手紙を送るために、虎谷さん娘と純子を下関に向かわせた。
虎谷さん娘は純子の監視役である。
純子は自殺をしようと駅で逃亡、タクシーに乗り込むも虎谷さん娘に追いつかれ断念。
虎谷さん娘は松永に指示を仰ぎ、ホームで待つが、純子は発車寸前の列車に乗り込みまたも逃亡を図る。
しかし虎谷さん娘も寸前で列車に乗り込む。
そのまま2人で到着した駅に松永が待ち構えており逃亡は失敗に終わった。
そして松永からの虐待はさらに悪化する。

緒方一家監禁

どのように緒方家を呼び寄せたのか

松永は純子との離縁についての話し合いを緒方一家と行っていた。

高額の手切れ金で離縁話がまとまる直前になると、純子に離縁を思い止まらせるために、長男・次男は松永が引き取るという条件を持ち出した。

そして離縁話が無くなった代わりとして殺人者である純子を匿う費用を緒方家に要求した。世間体を気にする家族は同意し要求に従う。

緒方一家は小倉から松永と純子の元に通っていたが、明け方まで通ったりしているのを純子妹の夫(義弟)が不審に思いだす。

ある時、義弟は妻である純子妹と共に松永と純子のマンションへ行く。そこで松永から緒方家についての嘘の情報や不満を吹聴し義弟をコントロールしていく。

松永は「この一家は殴られて当然」と義弟に緒方家の人たちを殴らせている。

松永は互いの不満を聞き出したり暴力を振るった事実を振りかざし事実確認書や合意書を書かせている。さらに義弟と純子妹の子ども2人をマンションに置き、人質化した。
子どもは、純子の姪と甥である。

子ども以外の緒方家は小倉から北九州へ通い、通電などをされている。そして父、妹、義弟は勤務先を頻繁に欠勤するようになる。甥と姪も保育園退所、小学校にほとんど通わなくなっている。

松永はそれぞれの不満を聞き出しお互いに不信にさせたり、暴力で従わせたり盗聴器を仕掛けているのを明かしたりしながらコントロールした。こうして松永は一家を脅し支配しながら、退職金や消費者金融で借金をさせて金を貢がせている。
一家が貢いだ金額は6300万円にも上るという。
松永は、一家に金を貢がせる術が無くなると最終的に監禁状態にした。地元では一家が失踪したと噂が立った。

緒方家殺害

緒方父死亡

1997年12月21日
松永は純子に命じ緒方父に通電を行った。
その結果死亡。裁判では傷害致死と認定されている。
松永は、姪がわがままで「おじいちゃんなんか死んじゃえ」と言っていたことを持ち出して「お前が祖父の死を望んだから死んだんだ」と言って、罪悪感を植えつけた。
死体解体中にクリスマスや純子長男の誕生日の記念撮影が行われた。

緒方母殺害

1998年1月20日
緒方母は奇声を発するようになっており、純子は精神病院への入院や引っ越しなどを提案したが、松永に却下。
「殺す段階で暴れるようになったら、殺害が困難になる」とし
純子、妹、義弟の三人で殺害方法について考えさせている。
そして純子、妹に母を押さえつけさせて義弟が絞殺した。


緒方妹殺害

1998年2月10日
妹家族内での喧嘩をきっかけに、松永は純子に妹の殺害を示唆。
「一家で話し合っておけ」と言われ
純子、義弟、姪の三人で話し合いが行われた。
義弟は娘に
「お父さんが首を絞めるから、おまえは足を押さえて最後の別れの挨拶をしなさい」と言っている。
そして浴室で姪に足を抑えさせて首を絞めて殺害。
義弟はすすり泣き「とうとう、自分の嫁さんまで殺してしまった」と呟いた。

裁判では姪は「意思を抑圧されていた」と認定された。

緒方義弟殺害

義弟は松永による通電と食事制限で嘔吐と下痢を繰り返していた。
1998年4月13日
義弟は松永からもらった眠気防止ドリンクと缶ビールを浴室で飲み、浴室で衰弱死した。
裁判では確定的な殺意が認定された。

緒方甥殺害

1998年5月17日
松永が「お母さんの所へ連れて行ってあげる」と言い、

虎谷さん娘が足を抑え純子と姪が絞殺した。
裁判では虎谷さん娘と姪は「意思を抑圧されていた」と認定された。

緒方姪殺害

1998年6月7日
松永は姪と浴室で2人で何度も話合いをした。
そして「姪は死にたがっている」とし、虎谷さん娘と純子が絞殺。
裁判では虎谷さん娘は「意思を抑圧されていた」と認定された。

緒方家6人の死亡後

松永は新しい金主を求め、夫との不仲に悩む専業主婦に目をつけた。女性に結婚をちらつかせ離婚させ、子ども2人を預かり養育費名目で金を要求。子ども2人は虎谷さん娘と純子が育てることとなる。
女性が金の工面できなくなると、風俗で働かせ約2500万円を貢がせていた。

虎谷さん娘逃亡と事件の発覚

2002年1月30日
松永の隙を見て北九州に住む祖父母の家に逃亡し半月ほど祖父母と暮らしている
2002年2月14日
松永は虎谷さん娘の伯母とも交際しており、そのつてで居所を突き止めた。松永は祖父母に嘘をつき信じ込ませ虎谷さん娘を強引に連れ戻す。そして虐待が激しくなる。
2002年3月6日
虎谷さん娘が再び逃亡。
祖父母に助けを求めて事件が発覚する。

逮捕後

松永に風俗で働かされていた女性の子ども2人
2人は親元に返された。

純子
拘置所生活について「食事もできるし、お風呂にも自由に入れるし、トイレにも自由に行かせてもらえるし、読書の時間さえある」と語った。

松永と純子の子ども2人
児童福祉施設から小学校に通うようになった。
当時9歳だった長男は「あまり面白いことがなかったから、0歳から人生をやり直したい」と言っている。

判決

松永太 死刑。未だに無罪を主張している。
緒方純子 無期懲役。