【氷見(富山)事件】警察が1人の男性の人生を奪った冤罪事件

【氷見(富山)事件】警察が1人の男性の人生を奪った冤罪事件

事件概要

発生日時2002年(平成14年)
1月14日
3月13日
発生場所富山県氷見市
内容自宅に侵入してきた男によって
ナイフを突きつけられて脅され強姦・強姦未遂された事件
被害者女性A(事件当時18歳)
女性B(事件当時16歳)
犯人【冤罪】タクシー運転手だった柳原浩さん(当時 34歳
【真犯人】男X(年齢不明)
判決真犯人は懲役25年(求刑:懲役30年)の実刑判決

2002年に富山県で発生した婦女暴行未遂容疑など2件の容疑で逮捕された男性が
懲役3年の刑に服した後に、真犯人が見つかった冤罪事件

事件発生

1件目

2002年1月14日 20時30分ごろ
女性A(当時18歳)が、自宅に侵入してきた男にサバイバルナイフのようなもので脅され、
チェーンのようなもので後ろ手に縛られ強姦された。
犯行後、犯人は被害者に対し、目を閉じて「100を数えるまで動くな」と指示。
その隙に逃走している。

2件目

2002年3月13日 14時40分ごろ
女性B(当時16歳)が、自宅に侵入してきた男にナイフを突きつけられて脅され、強姦されそうになった。

警察の捜査

凶器について

警察は当初、被害者の供述に基づき、犯人が使用したとされるサバイバルナイフやチェーンを探していた。しかし、これらの凶器は発見されなかった。
そして警察は、現場から押収された果物ナイフを凶器として認定、ビニル紐で被害者を縛ったとした。

任意同行

警察は少女らの証言する似顔絵を持って犯行現場の周辺を捜索していた。
そこで柳原浩さんが似顔絵と似ていたことで任意同行を求めている。

取り調べ

任意で行われた取調べにも関わらず、4月8日以降断続的に3日間、朝から晩まで長時間行われた。
4月15日(3回目の取り調べ)
既に何が何だか分からなくなり疲れ切っていた柳原さんに対し、
「お前の家族も『お前がやったに違いない。どうにでもしてくれ』と言ってるぞ」などと取調官が噓をつき自白へ誘導。
絶望させ容疑を認め、自白したとして逮捕された。

その際、なんと逮捕状は既に準備されていた。

自白の裏付け捜査

捜査員の事件報告書
被害者は犯人の靴を見ていた。その靴の特徴は星のマークの運動靴である。
捜査員の報告書によると逮捕前の段階では、その靴が柳原さんの自動車の後部座席付近に有ったと記されている。

自白の強要
柳原さんは、取調官に「はい」か「うん」しか言うなと言われたが、
「おかしい」などとは、怖くて言えなかったという。

星のマークの靴
自宅の捜索では星のマークの運動靴は発見されなかった。
取調官が「捨てたんだろ」と言うので被疑者は「はい」と答えた。
警察は柳原さんが捨てたと供述した場所を捜索したが、やはり運動靴は発見されなかった。
取調官が「燃やしたんだろ」と言うので柳原さんは「はい」と答え、運動靴は自宅で燃やしたことにされた。

証拠の捏造

凶器の捏造
被害者の目撃証言ではサバイバルナイフを突きつけられ、チェーンで手を縛られたとされたが、
取調官は被害者の記憶違いとして柳原さんの自宅にあった果物ナイフとビニールひもを証拠とした。

被害者宅の見取り図
また、警察は被害者の自宅の見取り図を柳原さんに書かせる際、
取調官が柳原さんの後ろに回り、柳原さんの手をとり書かせた。

犯人の体液
現場に残っていた体液は、被疑者の血液型と一致しない可能性を認めながら、
科学捜査研究所の担当者は氷見警察署署長から依頼がなかったので再鑑定しなかった。
ちなみに、柳原さんの血液型はAB型。真犯人の血液型はA型である。

隠蔽された真実

この逮捕には、自白に秘密の暴露が全くない。
犯行当時の明白なアリバイが柳原さんにある。
現場証拠である足跡が28センチなのに対し、柳原さんの足のサイズは24.5センチで、靴のサイズが違う。

こういった事から氷見警察署内にも「立件は無理ではないか…」との声もあった。
それにも関わらず捜査は強行され、富山地方検察庁が立件した。

弁護士にも見放され…

裁判では弁護士も
「裁判官から何を言われても認める方向で」
「控訴しても無駄」
と柳原さんを犯人扱いした。

さらに、弁護士は柳原さんの実兄姉から被害者支援の名目で約250万円を集め、
被害者の女性二人に勝手に「和解金」として支払ってしまった。

判決

2002年12月12日
懲役3年が確定。
福井刑務所に服役した。

最後に裁判長が,自分に,「この判決に不服ならば,二週間以内に控訴しなさい」と言いました.自分が拘置所職員に手錠をかけられて出る時に,自分の弁護をするはずの国選弁護士は,あなたは控訴しても無駄だから,おとなしく刑務所に行ってきなさい.真面目にしていたら,すぐに出られるから,ということを言われました.弁護士は,自分の兄や姉と話をして,被害者に示談金を支払ってしまっていましたし,自分としては,やっていないということを言い出すチャンスを失って,刑務所に行くしかないという気持ちになるしかなかったのです.自分で自分の心を殺して,控訴せず,刑務所に行くしかなかったのです.

仮出所

2005年(平成17年)1月13日
柳原さんは仮出所をする。

柳原さん逮捕後に起こった類似事件

柳原さんの逮捕後も、強姦事件が起きている。
被害者の証言で共通していたのは、強姦後「100を数えるまで動くな」と逃げる時間稼ぎをしていることである。

似たような事件が発生しながらも、富山県警は捜査を行わなかった。

真犯人の男は後の服役中に、
「富山県警は柳原さんが犯人ではないと分かっていたが、それを隠蔽した」
報道機関への手紙で記している。

真犯人の判明

柳原さんが出所した後の2006年11月
別の婦女暴行事件で鳥取県警察に逮捕された男が自分が真犯人であると自供。

2007年1月17日
柳原さんの親族へ経緯を説明し富山県警察が謝罪。
2007年1月19日
記者会見で事実が判明した。

柳原さんは無罪判決を求める再審請求を富山地裁に行った。

捏造再び 警察の保身

2007年1月24日昼
柳原さんは富山地検に呼び出された。
「当時の取り調べ捜査官、担当検事を恨んでいません」などという内容の調書を無理やり作成させられた。
さらに彼が知らないはずの事件の詳細についての自白書類が富山県警により捏造され、署名・指印させられたことが判明している。

2007年1月29日
富山地検の検事正が柳原さんに直接謝罪した。

再審

再審の論告公判は8月22日に行われ、弁護側は無罪を求刑。
2007年10月10日無罪判決が言い渡された。

誰も反省していない

再審では尋問した取調官の証人尋問が却下されている。

理由は、藤田敏裁判長が「ただ単に無罪判決を出す手続きにすぎない」と述べたからである。
この発言に対し、「本気で真相を究明し、反省する気があるのか」という疑問や非難が出た。

さらに判決公判でも謝罪は裁判所側からは一切行われていない。
判決中述べた裁判官のあまりにも他人事な発言に彼は「むかついた」と裁判長に対し怒りを露わにした。

無罪判決が確定したものの、取調べをした警察官などの証人尋問および処分が実施されていないなど冤罪事件が発生した真実が解明されていないとして、柳原さんは、
2009年5月14日
国家賠償訴訟を提訴した。

2015年4月
富山地裁は、富山県警察の捜査の違法性を認め、県に1966万円の支払いを命じる判決を言い渡し確定した。

その後

当時の富山県警安村隆司本部長は

「結果においては誤認逮捕になりましたけれども、当時の捜査幹部の指揮あるいは捜査員の捜査手法、それを一つ一つをあげつらって捜査の懈怠があった、あるいは、そこに捜査のミスがあったという事で処分に該当するものだというふうに判断できるのか、どうかと言う事になると、当時の捜査状況をつぶさに検証した立場からして(処分を)ちゅうちょせざるを得ない。」

として富山県警は誰一人処分されなかった。

さらに、長勢甚遠法務大臣(当時)は
再審前の2007年1月26日に彼に対し謝罪した際、自白の強要については違法性が無いと述べ、当時の捜査員に対して処分は行わないことを決定している。

彼は出所後、地元富山県で再就職活動をしたが25社で不採用になり、2009年に国家賠償訴訟を提訴したことにより、兄、姉からこれ以上、家の姓を汚すなと兄、姉とは断絶状態となった。

彼は、取調べで受けた威嚇のPTSDで就職をドクターストップされ、2年余り服役した補償として国から約1000万円を受け取ったが、生活費や弁護士費用で底を尽き、都内杉並区在住で生活保護を受けている。

公表されていない真犯人

真犯人について調べてもXとしか出てこない。