【メタノール殺人事件】元大手製薬会社社員の夫が妻を殺害…家庭内別居の末

【メタノール殺人事件】元大手製薬会社社員の夫が妻を殺害…家庭内別居の末

事件概要

発生日時2022年1月
発生場所東京都大田区のマンション
内容大手製薬会社「第一三共」の研究員である男が、
妻に有毒なアルコール「メタノール」を飲ませ、中毒死させた。
被害者吉田容子さん(当時40)
犯人吉田佳右(40)
判決懲役16年

妻 容子さんの死亡

自宅マンションで妻の容子さんが倒れ、吉田は「意識のない状態で倒れている妻を発見した」と自ら119番通報した。

容子さんは自分の部屋で倒れており、搬送先の病院で死亡が確認された。

二日酔いかと…

吉田は佳祐容子さんが死亡する前日の朝に、容子さんが部屋で嘔吐していたのを見ている。その様子を「二日酔いだと思ってそのままにした」と話している。さらに容子さんはろれつが回らなくなり、ベッドからも落ちている。これに関しても「またも二日酔いだと思い、そのまま床で寝かせた」と話す。

そして翌日、ベッド脇で倒れている容子さんを発見、自ら救急車に電話をかけている。

司法解剖の結果、容子さんの遺体からメタノールが検出され、死因は急性メタノール中毒と判明した。

容子さんに自殺するような事情が確認できなかったことなどから、殺人と断定。
吉田は、勤務する製薬会社で普段からメタノールを扱っており、何らかの方法で容子さんにメタノールを摂取させたとされた。

夫婦の仲

近所の人によると、2人は激しい喧嘩をして警察が介入したこともあったという。

結婚

2人は第一三共の研究職に就いていた。
2006年に知り合い、2010年に結婚している。

別の男の名前を…

2011年、酔っぱらって帰宅した容子さんが、別の男の名前を呼んだ。
吉田が浮気を疑い容子さんの携帯をチェックすると、会社の男性とのメールが発見される。

吉田が「離婚してほしい」と伝えたが、妻は拒否をしたので「男性と連絡を取り合ってほしくない」と、会社を辞めるように迫ると、容子さんは従ったという。

この退社をめぐって、容子さんは落ち込んでいた。その理由を吉田がこう語っている。

「うちの会社は結果を出せば、博士号を取らせてくれたり、海外に留学させたりしてくれるが、その将来像が途絶えて落ち込んでいた」「研究職にプライドを持っていた」

うまくいかない転職活動

容子さんはその後、世界的製薬大手に就職したものの、半年足らずで退職。仕事の面では思い通りにはいっていなかった。一方吉田はすでに取得していた修士号とは別に千葉大大学院の博士課程に進むなど、順風満帆だった。

一人息子の誕生

2016年11月に一人息子が産まれる。
「妻が求めるほど育児に参加できなかった」という吉田に対し、妻は不満を募らせていった。
「育児放棄」と言いながら吉田を動画に撮影することもあったという。

容子さんの喫煙で暴力

容子さんが「たばこは吸わない」との約束を破って喫煙しているのを目撃。吉田は暴力をふるった。「たばこを吸うたびに手をあげていたので、回数までは覚えていない」という。

吉田の風俗通い

容子さんは育児のストレスからささいな事で怒るようになった。吉田は癒しを求め風俗を利用するようになる。

「(育児や家事で)よかれと思ってやったことで妻に怒られるのがつらく、誰かに甘えたいという気持ちがあった」

結局、風俗の利用を知った容子さんとの関係はさらに悪化した。

米テネシー州の大学に留学

2018年、吉田は米テネシー州の大学に留学する機会を会社から与えられた。
容子さんは当時の仕事を辞め、息子とともに吉田に同行。

運転の制限

容子さんは日本の運転免許を持っていたが、ペーパードライバーだったため、事故を起こした場合の対応が不安だったこと、自動車保険料がかかることなどから、吉田は米国で運転を許可しなかった。

クレジットカードを渡さない

「買い物は週末に一緒に行って買いだめすればいい」と、ドル建てのクレジットカードも持たせていなかったという。

米国は日本以上の車社会であり、買い物はクレジットカードが前提であることから、2人の関係はさらに冷え込んでいった。

「『育児放棄』『もっと金を出せ』などとののしられた」
「私の分の食事は作らなくなったり、洗濯もしなくなった」
「息子に私と会話させないようにしていた」

帰国

2020年に一家は帰国し東京都のマンションに入居するが家庭内別居状態だった。

夫婦の不仲を「息子に見せたくなかった」
なるべく妻と顔を合わせないよう「2人(妻子)が起きる前に家を出て、2人が寝てから帰宅していた」

これほど冷え切った関係でも離婚は考えていなかったという。

「自分から離婚することは考えていなかった」
「両親がそろっていることが息子のためだし、私がいなくなったら妻のイライラのはけ口が息子に向いてしまうと思った」

公判で語られた事

「妻が亡くなってからずっと、もっと早く救急車を呼ばなかったことを後悔しています」
「二日酔いぐらいで呼ぶべきではないと思っていた」
「素人の判断で決めつけるべきでなかったと、今は思います」
「妻に殺意を抱いたことはないし、メタノールを摂取させたこともない。私は無実です」

判決

2024年10月30日
妻がメタノール中毒で異常な行動を繰り返していたのに吉田が翌朝まで救急車を呼ばなかったことなどから「妻が飲む焼酎パックにメタノールを混入させる機会があり、吉田が摂取させたとしか考えられない」と指摘。

そのうえで「病死を装いやすく犯行が発覚しにくい方法を選択した冷酷な犯行だ。家庭内別居の状態にあった妻との夫婦関係に強い不満を募らせて、犯行に至ったと考えられ、刑事責任は重大だ」として懲役18年の求刑に対し、懲役16年を言い渡した。