【和歌山毒物カレー事件 】林眞須美は真犯人か?
事件概要
| 発生日時 | 1998年7月25日 |
| 発生場所 | 和歌山県和歌山市園部1013番地の5(夏祭り会場) |
| 内容 | カレーを食べた未成年者30人を含む合計67人が 腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送された。 |
| 被害者 | ・67人がヒ素中毒を発症 ・4人が死亡 小学4年の男子児童(当時10歳) 高校1年の女子生徒(当時16歳) 園部第十四自治会の自治会長(当時64歳) 副会長(当時53歳) |
| 犯人 | 林 眞須美(はやし ますみ) 1961年7月22日 生まれ 事件当時37歳 元保険外交員で主婦 |
| 判決 | 死刑 |
夏祭りで出されたカレーライスを食べた未成年者30人を含む合計67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送された。異変に気付いた参加者が「カレー、ストップ!」と叫び、一連の嘔吐がカレーによるものと発覚した。
祭りの準備
林 眞須美は役員に、「当日午前中のカレー等の調理には行けないが、12時から13時までの見張りには行く」と告げてる。
祭りの準備に参加した主婦は約20人。うち、6名がカレーを作った。
当日
1998年7月25日朝8時30分
民家の駐車場ガレージにて近所の人たちとカレー作りを開始。
眞須美は病院のため不参加だった。
1998年7月25日午前11時30分
6人が味見をするが異常なし。
1998年7月25日正午ごろ
カレーが完成し、そのすぐあとに林 眞須美がガレージにやってきた。
その際、眞須美が理由もなく休んだと不満を持っていた6人は誰も眞須美に挨拶をせず、きまずい空気が流れたという。
眞須美が、氷の準備の事を問うと、住民Aは「氷のことまで知らんわ。作ってくれているかどうか行って聞いてきて」返答し、眞須美は少しあわてた様子でガレージを出ていき、確認しに回った。
その時に、他の主婦らも帰宅しガレージ内には住民Aだけとなった。
Aは、眞須美にきつく言いすぎたと思い「眞須美が戻ってきたら、できるだけ普通に話しかけようと思っていた。」とのこと。
10分くらい後
眞須美が戻ってきて、住民Aと2人でカレーの見張りをしていたが、きまずい空気があった。
住民Aは「夫の食事の準備をしなければならないので帰ってもいいか」と尋ねたところ、普段と変わらぬ調子で「行って行って」と返答があったという。
12時20分頃
住民A帰宅。
ほぼ入れ違いで眞須美の次女がガレージに現れた。
この時間と前後して長男と三女もガレージにやってきている。
(この時、次女はカレーを味見をしており、裁判でも長男と次女が証言をしたが、母親を庇う虚偽だと断定された。)
被害発生
被害者は会場で食べた者や、自宅に持ち帰って食べた者などで、嘔吐した場所も様々だったという。
当初保健所は食中毒によるものと判断したが、和歌山県警は吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸中毒によるものと当初は判断された。
しかし、症状が青酸中毒と合致しないという指摘を受け、警察庁の科学警察研究所が改めて調査して亜ヒ酸の混入が判明した。
状況証拠に重要視された目撃証言
近所に住む女子高生の証言
「午後0時から午後1時にかけて白いTシャツを着て首にタオルを巻き、髪の長い女性が1人でカレー鍋の周りを歩き回り西鍋の蓋を開けた。そして、その女性は林眞須美であった」と証言している。
しかしその日、眞須美が着ていたのは黒いTシャツで、タオルも巻いておらず、そして眞須美は髪が短い。
他の主婦らが林は黒っぽい服装をしていたと証言し、当の眞須美被告も黒いTシャツを着ていたと証言している。
白のTシャツを着て首にタオルを巻き、髪が長く、そして西鍋の蓋を開けたのは、実は被告人の次女だった。
ヒ素の成分
カレー鍋にヒ素を混入する際に使ったとされる紙コップに付着したヒ素の成分が、林家にあったもの(林健治さんがシロアリ駆除の仕事をしていた頃に購入していた)と成分が一致したことが裁判では重要証拠と認定された。
しかし、林家以外に6軒ものヒ素を持っている近隣住民がいたと言われてる。
科捜研
カレー事件の際に、4通の鑑定書作成に関わった和歌山県警科捜研の研究員が、2010年に発生した交通事故や変死事件など、少なくとも6事件7件の鑑定で証拠を偽造したとして、証拠隠滅と有印公文書偽造・同行使の罪で書類送検され、執行猶予つきの有罪判決を受けた。
この研究員は、カレー事件の翌年に主任研究員に昇格した。
科捜研に4人いる化学専門の研究員の一人で、毒劇物や麻薬、繊維、塗料などの化学分析を担当し、カレー事件の際には、シンク下のプラスティック容器や、紙コップを扱っていたという。
保険金詐欺
眞須美は健治氏と共謀して保険金詐欺を繰り返していた。
さらに、健治氏にも死亡保険金狙いでヒ素入りの「くず湯」を食べさせたとされる。
以前から人にヒ素を使っていたこともカレー事件の犯人である根拠に挙げられている。
しかし、夫の健治氏は、飲まされたのではなく、自分で飲んだと証言。
『ヒ素は保険金をだまし取るために自分で飲んでいた』という陳述書も提出したという。
健治氏は、「裁判所は、なんとしても眞須美をカレー事件の犯人にしとかんとあかんのかな。」と語る。
ワシは20回以上、ヒ素中毒で入院してるんや。それだけ何度もヒ素を盛られ、気づかんわけがない。ヒ素を飲んだら下痢も嘔吐もすごいんやから。そもそもヒ素は耳かき一杯の量で人が死ぬ猛毒やから、眞須美がワシを殺そうとヒ素を盛ってたんなら、そんなに何回も殺しそこなうはずがない。ワシは自分で加減しながらヒ素を飲んでいたから、生きてるんや。
逮捕
1998年10月4日
保険金殺人未遂と保険金詐欺の容疑で逮捕。
1998年12月9日
カレーへの亜ヒ酸の混入による殺人と殺人未遂の容疑で再逮捕された。
判決
2009年5月18日
林眞須美の死刑が確定。
これにより眞須美は、戦後日本では11人目の女性死刑囚となった。
冤罪疑惑
本事件の特徴として、「直接的な証拠が一切存在しない」という点が挙げられる。
弁護人の弁論
弁護人は本件事件受任後、2カ月に1~2回のペースで現地に入り、住民達から事情を聞いてきた。
共通する話は、当時、地域の一部の住民の間にはトラブルが絶えず、犬が毒殺されたり、物置に放火されるという事件もあった。
現在もなお、地元では真須美が犯人ではないのではないかと、言う人たちがいるのである。
死刑執行について
林真須美死刑囚は、再審請求中の死刑囚には執行しない慣例を利用して刑の執行を先延ばししているのか、それとも本当は冤罪であるのか。
この事件では真犯人説についても多くの臆測がある。
また、林真須美死刑囚の息子はTwitterで情報発信を続けている。
「死刑囚の子でも生きている。今、苦しみに向き合う人たちに生きざまを伝えるのが天命。死刑囚の子という視点で、時代にあった方法で情報を発信したい」。発信の期限は刑執行、獄中死、再審決定、そのいずれかが決まるまで。
そのときはアカウントを削除するという。
長女の死
2021年6月9日
真須美の長女の娘(真須美の孫にあたる)鶴崎心桜(こころ)さん(当時16歳)が全身打撲による外傷性ショックで死亡した。
桜さんが救急搬送された約2時間後、真須美の長女(37歳)は次女(4歳)と関西国際空港近くの海に身を投げ、無理心中を遂げた。
再婚相手の派遣社員・木下匠(40)と共謀して心桜さんに虐待をしていた。
木下匠(40)が逮捕される。
映画 「マミー」
2024年8月3日
和歌山毒物カレー事件を多角的に検証したドキュメンタリーが公開された。
この記事の投稿について
2020年9月11日 投稿
2024年10月1日 改
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