【桶川ストーカー殺人事件】信じられない警察の対応とメディア被害

【桶川ストーカー殺人事件】信じられない警察の対応とメディア被害

事件概要

発生日1999年(平成11年)10月26日
発生場所埼玉県桶川市の桶川駅前
内容女子大学生が元交際相手の男を中心とする犯人グループから
嫌がらせ行為を受け続けた末、殺害された事件。
ストーカー規制法が制定されるキッカケとなった。
被害者猪野詩織さん(当時21歳)

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犯人たち

氏名(年齢)判決現在
元交際相手小松和人
(当時27歳)
不起訴処分自殺
主犯格(和人の兄)小松武史
(当時32歳)
無期懲役服役中
実行犯久保田祥史
(当時34歳)
懲役18年出所
運転役川上 聡
(当時31歳)
懲役15年出所
見張り役伊藤 嘉孝
(当時32歳)
懲役15年出所

被害者の詩織さん

3人兄弟の長女で、将来は図書館司書になるのが夢だったという。

小松との出会い

1999年1月
大宮駅東口の大宮南銀座のゲームセンター

詩織さんと友人がゲームセンターにいたところ小松と出会う。
この時小松は偽名を名乗り年齢も3歳若く言っていた。
さらに仕事についても外国車のディーラーだと言ってたが実際は風俗店を経営をしていた。

小松への不安

小松と詩織さんは、週に一度食事やドライブに出かける程度の交際をしていた。
そのなかで小松は詩織さんにブランド品の衣類などを頻繁に贈るようになる。
そのことに違和感を抱いた詩織さんが、ある日受け取りを断ろうとすると、小松は逆上したという。

これ以外にも小松は情緒不安定な面をしばしば露わにし、詩織さんは交際に不安を抱きはじめる。

小松の本名を知る

詩織さんは、車のダッシュボードの中から小松の本名が記されたクレジットカードを発見。

またある日には小松と暴力団風の男が一緒にいるところに遭遇する。
こうした出来事から詩織さんは小松の身元にも不審の念を抱いていた。

仕掛けられたビデオカメラ

小松のマンションを訪れていた詩織さんが室内にビデオカメラが仕掛けられているのを発見した。
これを問いただすと小松は逆上して詩織さんの顔面至近の壁を殴りつけながら

「俺に逆らうのか。なら今までプレゼントした洋服代として100万円払え。払えないならソープに行って働いて金を作れ。今からお前の親の所に行くぞ。俺との付き合いのことを全部ばらすぞ」などと怒鳴りつけた。

詩織さんは「交際を断れば殺されるかもしれない」という恐怖心を抱いた。

束縛

ビデオカメラ事件以降、小松は詩織さんに頻繁に連絡を取り、束縛し始める。

別れ話

詩織さんは家族と友人に宛てた遺書を準備した。
そして小松に対して別れ話を切り出す。

すると小松は詩織さんの家族に危害を及ぼすことをほのめかしながら、交際の継続を強要した。
詩織さんは家族に心配をかけることを避けるため、友人に小松の事を相談しながら交際を続けていくことになった。

友人への不審な電話

詩織さんの友人にも小松の関係者と見られる人物から不審な電話がかかってくるようになる。
このことで詩織さんの友人も小松を恐れるようになった。

携帯電話の破壊

小松は詩織さんに携帯電話を破壊するように命じた。そして別れ話が出るたびに家族に危害を加えると脅迫。さらには詩織さんの命を奪うことをほのめかすなどした。

詩織さんの友人は「刺されるかもしれない」という内容の話を何度も聞いている。

母親に打ち明け、被害届提出へ

心身ともに疲弊していた詩織さんは、帰宅途中に母親に電話をかける。
そこで初めて小松とトラブルが起きていることを伝えた。

その日の夜
小松、小松の兄である武史、さらに一人を加えた3人が詩織さん宅を訪れた。
そして詩織さんの母親に対して「詩織が会社の金を500万円横領した。お宅の娘に物を買って貢いだ。精神的におかしくされた。娘も同罪だ。誠意を示せ」などと1時間以上にわたり迫り続けた。

その最中に父親が帰宅。
しばし押し問答があったのち、3人は帰っていった。

その後、詩織さんは両親に経緯を話し、翌日に家族は上尾署に被害を申告した

上尾署の対応

署では被害者からの事情聴取と被害者が録音していた小松らとのやりとりの内容も確認された。
しかし応対した署員は
「これは事件か民事の問題か、ぎりぎりのところだね」
「3ヶ月ほどじゃ相手の男も一番燃え上がっているところだよね」などと述べている。

そして脅迫・恐喝とは認められないとの判断を伝えた。

これに対し、詩織さんと母は現実に危害が加えられる可能性を訴えて捜査を求めた。
しかし署員は「民事のことに首を突っ込むと、後から何を言われるか分からないんでこちらも困るんですよ。また何かあったら来てください」と要求を退けた。

プレゼントの返却

詩織さんが小松から受け取ったプレゼントを小松へ返送。
同日に父親が上尾署を訪れ、自身の名刺と共に「荷物は送り返しました。これからもよろしくお願いします」と挨拶をした。

のちの警察の主張によれば、このとき父親は「無事終わり、ひと安心です。こんなもので悪いのですが」と言いながら菓子折を差し出したというが、父親はそうした事実は一切なかったとしている。

殺害計画

のちに殺害についての刑事裁判で明らかになったことだが、小松が詩織さん殺害を計画し始めたのは、プレゼント返送の翌日からであった。

誹謗中傷のビラ

7月13日未明
詩織さんの顔写真が入った誹謗中傷ビラが詩織さん宅近辺、通学先、父親の勤務先敷地内などに数百枚がばらまかれた。

近所の住人の証言によると、ビラ撒きの実行犯はチーマー風の若い男二人と見られる。

母親はビラが撒かれた当日に上尾署を訪れて被害を訴えた。
そしてその日の昼に署員2人による実況見分が行われた。

2日後
詩織さんと母親はふたたび上尾署を訪れた。
無言電話や付近の徘徊といった被害、さらに殺害も示唆されていると訴えて小松の逮捕を求めた。

告訴に難色を示した警察

応対した刑事二課長は
「警察は告訴がなければ捜査できない」
「嫁入り前の娘さんだし、裁判になればいろいろなことを聞かれて、辛い目に遭うことがいっぱいありますよ」
「告訴は試験が終わってからでもいいんじゃないですか」などと難色を示した。

これに対して詩織さんは覚悟があることを明言。
「今日告訴しますからお願いします」と告訴の意を強く示した。

しかし二課長は試験終了後に再訪するよう促し、同日中の告訴にならなかった。

詩織さんに対する名誉毀損

「大人の男性募集中」という文言と詩織さんのフルネーム、顔写真、電話番号が書かれたカードが高島平団地の郵便受けに大量に投函された。

これを見た者たちからの複数の電話が詩織さんのもとに掛かってきた。

告訴状

前回、「試験明けに再訪を…」と言われた上尾署に、試験期間が明けた詩織さんは母親と訪れた。
しかし二課長は担当者不在を理由に更に1週間後の再来を促した。

その後ようやく告訴状が受理されたが、小松の名前はなく「誰がしたのかわかりません」となっていた。

父親の勤務先に中傷文書

詩織さんの父親を中傷する内容の文書が、勤務先とその本社に数百枚送付された。

父親はその日のうちに上尾署を訪れたが担当者の不在を理由に帰されている。
さらに翌日改めて署を訪れると、応対した二課長は中傷文書をみて

「これはいい紙を使っていますね。封筒にひとつずつ切手が貼ってあり費用が掛かっていますね。何人かでやったようです」などと述べている。

父親は小松の逮捕を急ぐよう求めたが、二課長は「それはケースバイケースです。こういうのはじっくり捜査します。警察は忙しいんです」と取り合わなかった。

告訴取り下げ依頼

警察は詩織さんの母親に告訴取り下げ依頼をしている。
しかし母親の意思は固く「捜査はしてくれないんですか」などと強く抗議。警察は引き下がった。
この話を聞いた詩織さんは「私本当に殺される。小松が手をまわしたんだ。警察は頼りにならない。何もしてくれなかった。」などと急速に落ち込んでいったという。

事件後、この件について問い合わせを行うと「調べてみたが、そんな刑事はうちにはいない。記録も報告もない。そんなことを言うはずもない」と事実を否定。
別の捜査関係者は「偽者だ。おそらく芝居を打って告訴を取り下げさせようとしたのだろう」などと述べていた。

殺害前の最後の被害

10月16日午前2時ごろ
詩織さん宅前に大音響で音楽を鳴らした車が2台現れる。
両親はすぐに屋外に出て車とそのナンバーを撮影。
警察に通報したが、不審車を捕らえることはできなかった。

これが詩織さんが殺害前に受けた最後の被害となる。

2000万円の報酬

小松の指示を受けた兄の武史が、風俗店店長で元暴力団員の久保田祥史らに2000万円という報酬を提示して詩織さんの殺害を依頼。久保田はこれに応じた。

小松は殺害の実行費用として2000万円を武史に預け、アリバイ作りのため沖縄県那覇市に飛んだ。

犯行当日

10月26日午前8時ごろ

殺害実行役の久保田
輸送役の川上 聡
見張り役の伊藤 嘉孝は池袋に集合した。
2台の車に分乗して午前9時ごろに桶川へ到着。

このとき輸送役の川上は「大ごとにならないよう太ももを狙ってくれ」と声をかけたが、
実行役の久保田は「お約束できません」と応じたとされる。

犯行

10月26日午後0時53分ごろ

大学へ向かうため駅前に自転車を駐めた詩織さんは、桶川駅西口前の商業施設「マイン」前の路上で久保田に上半身の2ヶ所を刺された。

詩織さんは上尾中央総合病院へ搬送されたがその後死亡した。

警察が死亡時間を伝えない

事件発生から間もない時刻
自宅にいた母親に事件発生の連絡が入る。
桶川駅に行き事件現場を確認して警察車両で30分ほど待たされ、上尾署で事情聴取を受けたという。
この間に警察から「(娘さんは)危険な状態だが、頑張っている」と伝えられた。

午後3時ごろ
警察から「今、亡くなった」と詩織さんの死亡が伝えられた。

しかし詩織さんが亡くなった時間は午後1時30分ごろである。
なぜ早く病院に行くよう伝えなかったのか。

犯行グループの逮捕

12月19日
犯行グループで最初に逮捕されたのは実行犯の久保田だった。

12月20日
主犯の小松武史(兄)
運転役の川上
見張り役の伊藤の3人が逮捕された。

詩織さんの元交際相である小松和人は指名手配された。

小松は北海道にいる

小松(兄)は事情聴取で小松が北海道にいると供述した。
さらに「(弟は)死に癖がある。」「異常な人間性」などと繰り返し伝えた。

しかし捜査員は「死ぬ死ぬといって死んだためしはない。お前が弟を狂人にしているだけ」と取り合わなかったとされる。

小松死亡

2000年1月27日

小松(弟)が北海道の屈斜路湖において水死体となって発見される。
警察により自殺と断定された。

報道被害

事件発生からしばらくは犯人についての情報が乏しかったことから、マスコミの注目は被害者の私生活へと向けられた。

そして週刊誌を中心として、被害者について「ブランド狂いだった」「風俗店に勤務していた」といった情報が次々と報道された。しかしこれは事実とかなりかけ離れた情報であった。

なぜブランド狂いと言われた?

警察が事件の第一報を発表する際に、被害者の所持品に「グッチの腕時計」「プラダのリュックサック」があると発表していた。
警察発表で被害者の所持品についてブランド名まで伝えるということは普通ではありえず、これは警察が自らの怠慢捜査に注目が向かないよう「放蕩した女性が事件に巻き込まれた」という印象を与えようと、意図的にそうした情報を公開したという見方がある。

「言った言わないがいちばんの問題ではなく、なんでうちの娘が殺されてしまったのか、助けてくださいと言っているのに、なぜ助けてくれなかったのかというところがいちばんの問題」
-『ザ・スクープ』の特集第3弾 詩織さんの父親のコメント-

県警の謝罪

内部調査を終えた埼玉県警は、被害者家族が訴えていた一連の対応について、大筋でその事実を認めた。

県警本部長が記者会見を開き、冒頭で「殺害は避けられた」として国民に向けて謝罪。

「仮に名誉毀損事件の捜査が全うされていれば、このような結果は避けられた可能性もあると考えると、痛恨の極み」と述べた。

さらに本部長は同日夕刻に被害者宅を訪れ、遺族に謝罪した。

被害者の遺影に合掌したのち両親と向き合った際、本部長は落涙していたという。

調書改竄に関わった上尾署刑事二課長、同係長、同課員の3人は懲戒免職処分となり、ほか県警本部長以下12人に減給、戒告の処分が下された

免職者を除く主な処分は次の通り

  • 県警本部長 – 減給10%(1カ月)
  • 県警刑事部長 – 減給5%(1カ月)
  • 上尾署長 – 減給10%(2カ月)
  • 上尾署副署長、県警監察官(元・上尾署副署長) – 戒告
  • 県警刑事部主席調査官(元・上尾署刑事生活安全担当次長) – 減給10%(4カ月)
  • 上尾署刑事生活安全担当次長 – 減給10%(1カ月)


2020年 8月19日 投稿
2024年11月26日 改稿