【狙われた臓器】村で起こった猟奇殺人 肝取り勝太郎事件
- 2025.08.25
- 日本の事件
事件概要
| 発生日時 | 1905年(明治38年)から 1907年(明治40年)にかけて |
| 発生場所 | 長野県上伊那郡朝日村(現・辰野町) |
| 内容 | 馬場勝太郎が殺害した女性の腹部を切り裂き、肝(胆嚢)を抜き取って売るという猟奇殺人事件 |
| 被害者 | 16歳の女性 30歳の女性 27歳の女性と0歳の長男 17歳の女性 48歳の女性 32歳の女性が襲われたが未遂となった |
| 犯人 | 水車小屋を営む馬場勝太郎(当時30歳) |
| 判決 | 死刑 1908年(明治41年)6月に東京監獄で刑が執行された |
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第一の事件
1905年(明治38年)9月1日
2025年現在から120年前のこと。
辰野の神社の秋祭りの最中に、村の酒屋で働いていた16歳の女性が行方不明になった。
9日後、女性は隣村の間にある田んぼで死体となって発見されることとなる。
その死体は、刃物で下腹部を切られ、内臓が飛び出していた。
第二の事件
第一の事件から2か月後の11月3日
大きな祭りが開催されている最中に、製糸工場に勤務している30歳の女性が行方不明となった。
その後、数km離れた場所で死体となって発見された。
その死体は2ヶ月前と同様に腹を裂かれ内臓が飛び出た状態であった。
第三の事件
第一の事件から1年後の1906年(明治39年)8月
またも遺体が発見される。殺されていたのは、
27歳の女性と、その女性の長男(0歳)
家事手伝いをしていた17歳の女性の3人だった。
27歳の妻と17歳の女性の腹は切り裂かれていた。
そして長男(0歳)の首は切断されていた。
さらにその首を母親である女性の腹部に挿入するというより凶悪な犯行もおこなっていた。
第四の事件
第三の事件から約5か月後の1907年(明治40年)1月下旬に48歳の女性が失踪。
約一か月後に死体となって発見される。
町から数km離れた採石場でミイラ化していた。
このころ、地域では女性の夜間外出を禁じる措置が執られた。
犯人の発覚
こうして女性5人、こども1人を殺害し村中を恐怖させた事件だが終わりを迎えることとなる。
1907年(明治40年)8月
村の32歳の女性が夜道で男に首を絞められた。
女性はとっさに男の睾丸(金〇)を握りしめた。
男は叫び、思わず首を絞める手を離した。
その日は月が明るく、被害女性は犯人の顔を見る事ができた。
その男は水車小屋で働く馬場勝太郎だった。
馬場はその場から逃走した。
逮捕
翌日、馬場勝太郎(当時30歳)は警察に逮捕された。
10年前に朝日村に移住し、所帯も持つ水車小屋の管理人として周囲からは評判のよい人物だった。
なぜ犯行を?
馬場勝太郎は薬として使う女の生肝の入手を依頼されていた。
そのため、薬の材料として女性の生き肝を集め、商人たちへ高値で売りさばいていたという。
馬場勝太郎の証言は一貫性がないものだった。
「自分が殺したのは最後の48歳女性のみだ」
「失敗した32歳は暴行目的であって殺害しようとしたわけではない」
「残った肝は水車小屋で天日干しにしていたらカラスに食べられてしまった」
などと供述している。
女の生肝の入手を依頼されていたのかも怪しい。
しかし、例え他人に強要されたとしても決して許すことのできない残虐な所業として、死刑判決となった。
死刑執行
逮捕から約2年後の1908(明治41)年6月
東京監獄で刑が執行された。
明治時代の死刑方法は現在と同じ絞首刑である。
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