【死刑求刑も無罪】水曜日に消える女性たち 佐賀女性7人連続殺人事件【未解決】

【死刑求刑も無罪】水曜日に消える女性たち 佐賀女性7人連続殺人事件【未解決】

事件概要

発生日時1975年から1989年までの13年間
発生場所佐賀県
内容7人の女性が殺害された連続殺人事件。
・男性Xが取り調べを受けたが証拠不十分で打ち切り。
・松江輝彦(当時26歳)が逮捕・起訴され、死刑が求刑されたが無罪判決
未解決事件となった。
被害者死亡
1)山崎十三子さん(12歳)中学1年生
2)百武律子さん(20歳)喫茶店アルバイト
3)池上千鶴子さん(27歳)繊維工場勤務
4)小学生Aさん(11歳)小学生
5)藤瀬澄子さん(48歳)料亭の仲居
6)中島清美さん(50歳)主婦
7)吉野タツ代さん(37歳)縫製工場勤務
犯人不明
判決起訴された男は無罪。
未解決事件となった

共通点

①7人のうち6人の失踪が水曜日に集中している
②7人のうち5人が絞殺
③夕方から夜にかけての犯行
④被害者全員が女性

犠牲者7人のうち6人が水曜日に失踪したことから、犯人は水曜日の絞殺魔と呼ばれた。

事件発覚のきっかけ

1980年6月24日の夕方
杵島郡白石町の須古小学校で、トイレの汲み取り作業を行おうとした作業員が、トイレの便槽ふたを開けたところ、中に遺体が浮いているのを発見した。
この遺体は失踪していた百武律子さん(当時20歳)だった。
この遺体発見をきっかけに、県警は捜査を開始した。
すると須古小学校の教頭が気になることがあると、捜索隊へ申し入れをしている。
その内容は…

教頭が不審に思っていた事

百武さんが発見される少し前の6月18日
小学校のプール開き準備のために、トイレの汲み取りをしようとしたところ、業者が『便槽に石がいっぱい詰まっていて、やりにくかった』と言っていた。このことが気になった教頭は、「念のために、プール横のトイレ便槽も調べてほしい。」という申し入れした。

1人目の被害者を白骨遺体で発見

警察が須古小学校のプール横トイレ便槽を調べたところ、便槽内に白骨化した遺体を発見。
5年前に失踪していた山崎十三子さん(当時12歳/中学1年生)だった。

事件発生

1人目(1975年8月27日水曜日

山崎十三子(とみこ)さん(当時12歳/中学1年生)

午後4時ごろに母親がスナックに出勤。
とみこさんは近所の友達と遊んでいた。

いつもは母親のスナックの従業員控え室で勉強することが多かったが、この日は自宅にいたという。
友達は午後7時ごろに帰宅。

午前零時半ごろ
母親が帰宅。
とみこさんの姿が見当たらなかったという。

座敷やふろ場の電灯、テレビもつけっ放しで、布団が敷いてあった。
普段履いている履物は残されており、室内に荒らされた様子はなかった。

母親は、近所を探し回ったが見つからず、その日のうちに大町署に届け出た。

そして5年後
須古小学校のプール横トイレ便槽で白骨遺体となって発見される。

2人目(1980年4月12日土曜日

百武律子さん(当時19歳)喫茶店アルバイト

4月13日は20歳の誕生日で、誕生日の前日に失踪している。

4月12日(土)の午後11時半ごろ
自宅から愛用の黒と白の横縞のネグリジェを着たまま姿を消した。

異性関係で悩んでいる様子があり、失踪前にも2度、睡眠薬で自殺未遂をしたことがあった。
さらに「20歳の誕生日に自殺したい」と周囲に漏らしていたこともあり、心配した家族の求めで、すぐに公開捜査に踏み切っている。

喫茶店によく来る男性客が、律子さんの姉と交際し同棲していたが、律子さんと二股をかけていたのではないか?という噂もある。

脅迫文が届く

律子さんの失踪から4日後の4月16日
父親のもとに、鉛筆書きで3行の脅迫状が届いた。
1行目は、(家族の人権を著しく傷つけるプライバシーに触れているため)非公開だった。
2行目は、「娘ハ帰ラナイダロウ」
3行目は、「苦シメ」
と書かれていた。

また、同時期に「人捜しのテレビに出るな」「律子さんの写真を出すな」という脅迫電話もあったという。

失踪から約2か月後
律子さん宅から5kmほど離れた須古小学校の北側校舎トイレ便槽内で遺体となって発見された。

疑惑の男を別件逮捕

農業の男性X(当時29歳)が婦女暴行事件により逮捕される。
いわゆる別件逮捕で、便槽内から発見された2事件の追及をされた。

疑われた理由は
①1人目の犠牲者の山崎十三子(とみこ)さんの母親のスナックに頻繁に通っており、とみこさんとも知り合いだった。
②2人目の犠牲者の百武律子さんの姉と交際していて、律子さんの働く喫茶店によく来ていた。律子さんとも二股交際していた噂がある。
③律子さんが失踪した4月12日は23時頃まで飲んでいたと証言しているが、アリバイが不明瞭だった。④家宅捜索により「娘ハ帰ラナイダロウ」の手紙と同じ便箋を発見し、筆跡鑑定によって脅迫の容疑で逮捕したが否認を続けた。

結局、便槽内の2事件については拉致や殺害に直結するような証拠がなく、律子さんの父への脅迫罪での起訴は見送られ、殺人についての追及は断念された。

男性Xは婦女暴行、窃盗などにより1980年12月に懲役5年6か月の有罪判決が下されている。

3人目(1981年10月7日水曜日

池上千鶴子さん(当時27歳)縫製工場勤務

退社後の5時30分頃、近くのスーパーマーケットで「赤茶色の乗用車に乗った30代と思われる男と親しげに立ち話をしているところを見た」という目撃を最後に行方が分からなくなっている。
失踪から2週間後の10月21日
中原町の空き地で遺体で発見された。
勤務先の制服を着用していて首には電気コードが巻かれた状態だった。
死因は首を絞められたことによる窒息死であった。性的暴行の痕跡はなかった。

千鶴子さんは行方不明になる前に4日間、無断欠勤をしている。
そして殺害された日の直前の5~6日の行動がわかっていない。

4人目(1982年2月17日水曜日

小学生Aさん(当時11歳)小学5年生

1982年2月17日(水)午後4時20分ごろ、Aさんは友達2人と一緒に下校した。
その後友達と別れてから行方が分からなくなり、心配した家族がその夜の午後8時40分ごろに警察に届け出ている。

翌日の2月18日
地元の消防団らが捜索したところ、北茂安中学校体育館北側の町道わきミカン畑で、Aさんの遺体が発見された。
体は赤いランドセルを背負ったままで、うつぶせの状態。
下半身は裸、首にはストッキングが巻きつけられていた。
死因は絞殺で、性的暴行の痕跡あった。

翌日の2月19日
「北茂安町」「学校」「保健所」宛てに、「誘拐して(金を)要求するつもりだった。しかし本人が騒いだので殺した」と書かれた葉書が届いた。

千鶴子さんとAさんの遺体発見場所

1981年に遺体が発見された池上千鶴子さん(当時27歳)と1982年に遺体が発見された小学生Aさん(当時11歳)の遺体発見現場は、約2キロしか離れていなかった。

不審者の目撃情報

小学生Aさんが失踪する前に不審者情報が複数あった。

①バス停でバスを待っていた主婦に、白い車に乗ってきた30歳~40歳くらいの男が『乗っていかんですか』としつこく声をかけている。鼻筋の通った眼のきつい細面の男だった。主婦は男のあまりにしつこい誘いに『警察を呼びますよ』と断ったところ、男は睨みつけながら車に戻っていった。

②主婦に声をかけたバス停から約5kmほどのところで、同じような白い車が三戸田小学校の校舎の傍に停まっていた。そして白い車を降りた中年男は1人の児童に『そこに座んなさい』と声をかけ、『ピンクレディーの写真を見せるからこっちへ来なさい』と言いながら児童を抱きかかえて女子便所に連れこんだ。ところが児童は大声で泣き出したため、男は何もせずに姿を消した。

③Aさんが姿を消す30分前。白い車は再び北茂安町にあらわれた。下校中の北茂安中学校の女子生徒2人にしつこく話しかけ、午後3時半頃には小学2年の女児児童3人に『家まで送るから乗らんね』と声をかけている。

午後4時半ごろ、遺体発見現場付近に白い乗用車が停めてあったのを主婦が目撃。この白い車に乗った中年男こそが犯人という線がかなり濃厚だった。

ナンバーは『福岡???6950』

5人目(1987年7月8日水曜日

藤瀬澄子さん(当時48歳)料亭の仲居

午後9時過ぎに仕事を終え、同僚と帰宅している。
午後9時35分ごろ、二人は別れた。
その後、澄子さんは消息不明になっている。

午前0時を過ぎても帰宅しないため夫が心配し自宅から割烹までの経路を何度も回ってみたが、澄子さんはいなかった。そして警察に届け出ている。

6人目(1988年12月7日水曜日

中島清美さん(当時50歳)主婦

清美さんは主婦業のかたわら、自宅敷地内のプレハブ工場で縫製の仕事なども行っていた。

12月7日(水)午後7時10分ごろ
次女が、清美さんが食事を終え、ミニバレーに行く準備をしているのを目撃している。
12月7日(水)午後7時20分ごろ
清美さんはミニバレーへ出かける。
12月7日(水)午後10時50分ごろ
次女が仕事を終えて帰宅したとき、清美さんはまだ帰宅していなかった。
あまりに帰りが遅いので、次女がミニバレーの関係者に電話をしたところ、清美さんが練習に来ていないことが判明した。

日をまたいだ、12月8日(木)午前2時過ぎ
佐賀県警大町警察署に捜索願を提出した。

7人目(1989年1月25日水曜日

吉野タツ代さん(当時37歳)縫製工場勤務

タツ代さんは北方町志久にある縫製会社・リムス(株)の従業員だった。
夫とは別居しており、実家で両親と長男(当時小4)の4人で暮らしをしていた。

1月25日午後6時55分
タイムカードを押して退社。
午後7時15分ごろ
帰宅し、着替えもせずに、母親が用意していた夕食を家族とともにとり始めた。
午後7時25分ごろ
電話がかかってきてタツ代さんが対応している。
「いまどけおっと?(いまどこにいるの?)」「はい」などというもので、通話時間は20秒くらいだった。
午後7時45分ごろ
タツ代さんは風呂にも入らず、座敷で服をスカートに着替え、白のカーディガンを着て口紅や化粧をし、バッグを肩に掛け、赤の軽自動車(ダイハツ・ミラ)に乗って外出した。

「友達の車がパンクしたので、山内町まで友達を送っていく」と言い出かけて行った。
小学4年の息子が「自分もついていく」と言ったが、タツ代さんはこれを許さなかった。

この外出を最後に、タツ代さんは消息を絶った。

タツ代さんには親しい間柄の男性がいた。それが松江輝彦(当時26歳)だった。
タツ代さんは武雄ボウル駐車場に車できた。そして誰かと待ち合わせをしている様子だったが、その後入ってきた白色の乗用車の助手席に乗っていたという目撃証言がある。

その白い車の車種は、「トヨタ・クレスタ」

3遺体の発見

1989年1月27日の夕刻
遺体発見者の女性Aさん(当時55歳)は夫が運転する車で用事を済ませて自宅に帰る途中だった。
帰宅途中の道で仏壇に供えるのに丁度いいと思ったトウゴシュの花を見つけた。

Aさんはそのトウゴシュの枝を拾いに車を降り道沿いに咲く花を摘んでいたAさんは、崖下に女性の死体であることに気づいた

その遺体は1989年に失踪した7人目の被害者、吉野タツ代さん(当時37歳)だった。
すぐに110番通報で、警察(大町署員)が駆けつけ捜査が始まった。
そしてわずか2mのところに上半身が腐乱状態になっている女性の死体を発見
1988年に失踪した6人目の被害者、中島清美さん(50歳)主婦だった。
さらにその1mほどのところで白骨死体を発見。
1987年に失踪した5人目の被害者、藤瀬澄子さん(当時48歳)料亭の仲居だった。

この3女性殺害事件を「北方事件」と呼ぶ。

容疑者を逮捕・起訴したが

松江輝彦(事件発生当時26歳)

1989年10月、松江は覚せい剤使用の罪で逮捕。
3女性殺害事件(北方事件)についての任意の取り調べを受ける中で、犯行を認める旨の上申書を書いたが、すぐに否認に転じている。そして物的証拠も発見されなかったため、立件を見送った。

2002年6月、窃盗容疑で服役中の松江(44歳)を再逮捕。
3件の殺害容疑で起訴に踏み切った。状況証拠のみでの起訴だった。

【提示された状況証拠】
①駐車場で吉野タツ代さんが乗った車が、松江と同じ車種だった事。
②タツ代さんの遺体に失禁跡があり、松江の車の助手席からも人間の尿が検出された。
③タツ代さんの遺体に松江の唾液が付着していた。

これらを元に検察は死刑を求刑。
しかし物的証拠の乏しさに加えて、取り調べ中に違法行為があり強引に自白させたとして、無罪判決となった。

まとめ

被害者についてまとめる

No失踪日名前年齢被害発見場所
1975年8月27日
水曜日
山崎十三子さん当時12歳死亡須古小学校
トイレ便槽
21980年4月12日
土曜日
百武律子さん当時19歳死亡須古小学校
トイレ便槽
31981年10月7日
水曜日
池上千鶴子さん当時27歳死亡中原町の空き地
41982年2月17日
水曜日
Aさん当時11歳死亡北茂安中学校体育館
わき道にあるミカン畑
51987年7月8日
水曜日
藤瀬澄子さん当時48歳死亡北方町の大峠
61988年12月7日
水曜日
中島清美さん当時50歳死亡北方町の大峠
71989年1月25日
水曜日
吉野タツ代さん当時37歳死亡北方町の大峠

この女性7人連続殺人事件は同一人物の犯行ではないとみられるが、すべて未解決となっており「女性7人連続殺人事件」としてまとめられている。
①と②は同一犯。
⑤、⑥、⑦も同一犯のようだが、いまだ不明である。

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