西鉄バスジャック事件(ネオむぎ茶事件)

西鉄バスジャック事件(ネオむぎ茶事件)

事件概要

発生日時2000年5月3日13時35分ごろから翌日の午前5時まで
約15時間30分
発生場所九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近で発生し
佐賀市から広島県の小谷サービスエリア間の約320kmを走行した。
内容西日本鉄道の高速バス内で発生した
17歳(男)によるバスジャック事件
被害者1人死亡
4人重軽傷
犯人当時17歳の少年A
判決医療少年院への送致

バスジャックされた後の経路とその詳細

経路の全体図

経路で起こった事件

事件発生

2000年5月3日12時56分ごろ
佐賀県佐賀市発→西鉄天神バスセンター(福岡県福岡市中央区)行き
西日本鉄道の高速バス「わかくす号」が定刻通りに出発。
14時6分には天神に到着予定であった。

13時35分ごろ
九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近にて。
少年Aが運転手に牛刀を突きつけて
「天神には行くな、このバスを乗っ取ります」
「おまえたちの行き先は天神じゃない。地獄だ」
と言い、バスを乗っ取った。


ここから約320km15時間30分のバスジャック事件が起こった。

九州自動車道をしばらく走行するように運転手を脅し、乗客に対して様々な指示を繰り返した後、最後にカーテンを閉めるように指示。

当時のバス

当時のバスには内部の異常事態を密かに外部に知らせる仕組みやマニュアルがなかった。
天神に到着しないバスに対して無線で連絡するが返事はないため、本社内に対策本部を設置して約20人が情報収集に当たったが、予約制のバスではなかったため、乗客の把握に時間がかかった。

乗客

■犬を連れていた女性

■クラシックコンサートへ向かう2人の女性
山口由美子さん(当時50)
塚本達子さん(当時68歳)

■乗客の女性(後に犯人から様々な指示を受ける)
池田さん

■アーティストのコンサートに向かう18歳の少年

■初めて祖母の家に1人で向かう女児(当時6歳)

その他大勢の乗客がいた。

突然の切り付け

犯人が「バスジャックします」と言いだし、乗客をバス内で移動させたりと指示を出すなか、
眠っていて気づかない女性がいた。
犯人はその女性を突然刺し、バス内に恐怖が充満する。

バスジャックの発覚

運転手が犯人に「乗客をトイレに行かせてほしい」と頼んだ。
犯人は犬を連れた女性を先に行かせるとし降車させる。
しかし女性は戻ってこず、公衆電話から警察に通報した。
この通報ではじめてバスの置かれた状況を警察が知ることとなる。

女性が逃げた事を察した犯人は「あいつは裏切った。連帯責任です」と言い、
山口さんを切りつけた。そして、「次に何かあったら、殺します」と脅した。

飛び降りた女性乗客

女性が走行中のバスの窓から飛び降りて脱出。
山口県の小郡インターチェンジ付近で走行中のバスから高速道路に飛び降りて負傷している乗客を警察が発見し救出。
乗客が逃げた事を知った犯人は「見せしめです」と、塚本さんを切りつけた。

警察の包囲

午後4時20分
下松市の下松サービスエリア付近で警察車両に行く手を阻まれ、減速したバスから身を乗り出した乗客1人が、警察に救出された。

犯人は逃げた乗客の「見せしめ」として塚本さんを襲った。
塚本さんはそれが致命傷となり亡くなった。

男性乗客全員の解放

広島インターの手前の武田山トンネル内で、バスを停車させた。
犯人は少女を人質に「男は全員降りろ」と指示を出す。

写真は犯人の少年Aと隣の席だった当時6歳の女の子。

警察との交渉

午後5時50分 
バスは交渉のため、広島県の奥屋パーキングエリアへ停車。
犯人は「拳銃と防弾チョッキをください」と要求した。

怪我人の解放

午後7時21分
犯人は6歳の少女の隣に座り離れないため、警察は突入できずにいた。
警察が防弾チョッキなどを差し入れる交換条件として怪我人だけを外に出す交渉に成功。
3人を解放した。

もうよかやんね

顔に重症を負っていた山口さんもこの時に開放された。
バスを降りる際に、犯人が「こいつしぶといな、殺してやろうか」と叫んだ。
すると犯人の隣にいた池田さん(女性)が佐賀弁で「もうよかやんね(もういいじゃない)」と言うと
犯人は「僕、そんな事言ってくれる人すき」と言った。

山口さんは、「少年は悪い事をやっているのは分かっているんですよ。だけどそれを、いさめる人がいなかった。だから、いさめてくれた事が嬉しかったんですね。」と語る。

この時、塚本さんは既に亡くなっていた。

交換条件で乗客の解放

午後9時38分(事件発生から約8時間)
犯人が給油を要求したため、ガソリンスタンドがある小谷SAへ移動。
午後10時02分 小谷SAに到着
要求通り給油を行うと1人を解放。
その後、警察は食料などを差し入れ。
犯人はさらに1人を解放し、バスには9人の乗客が残った。

既に1人亡くなっている状況で、犯人が何を目的にしているのか分からず交渉・説得は難航した。

乗客の証言によるバス内の様子

怪我人解放の際に、少年を諭した池田さんは、少年から「お弁当を配ってください」など様々な指示を受けた。その中で犯人の様子をこう語っている。

「少女にも優しかった。寒くないですか?とか、缶ジュースの蓋を開けてあげたりとか」
この時の気温は7度だった。

マスコミも多く取り囲み様子は生中継されていた。
そして警察が「あの、フラッシュをたかんでください。犯人興奮しよるんですよ。」と
マスコミに注意をしていた。

犯人確保

午前5時事件から15時間
犯人が少女のもとを離れた瞬間、SATを含んだ精鋭部隊がバスに突入。
事件発生から15時間半で解決となる。

犯行の動機

中学校でいじめにあい、家庭内暴力を起こして家族を悩ませていた。
親は学校にいじめの相談をするが、学校や教育委員会はいじめの事実を認めなかった。

高校受験が目前に迫った1998年1月、少年はクラスメイトたちの挑発を受けて踊り場から飛び降り、着地に失敗して腰椎損傷の重傷を負って入院。
病室で高校受験して合格したが、入学後は校風が合わないという理由で9日だけ登校し、5月に中退してしまった。

動機として「社会に恨みがあった」「親を困らせたかった」などと語る一方、「目立ちたかった」「注目されたかった」とも語っている。

2000年3月
何度も警察や精神科に相談していた両親だが、事件を起こさない限り対処できないと断られていた。
そこで、テレビに出演し、著書を出している精神科医の町沢静夫に連絡を取る。町沢氏は、親からの要請を受けて警察と精神科に連絡。肥前療養所はすぐに少年に対して医療保護入院の措置を取った。

こと事について少年は激しく怒ったという。

2ちゃんねるへの書き込み

犯人の少年は事件前に当時の掲示板サイト「2ちゃんねる」に書き込みを行っていた。
いわゆるコテハンで「ネオむぎ茶」と名乗っていた。

2000年5月3日12時56分ごろに高速バスは佐賀市を出発している。

判決

2000年9月
「解離性障害の治療が終わるまでは医療的な矯正施設への収容が相当」と医療少年院送致を決定。
2006年春 
退院

被害者の思い

佐賀新聞より引用

乗り合わせた山口さんは、事件で大切な存在だった塚本さんを失い、自分だけ生き残った申し訳なさ、やるせなさが募ったという。少年はどうして事件を起こすまでに至ったのか。悔しさにも似た気持ちから、子どもたちの生きづらさに寄り添う活動を始めた。「悪いことをした少年もまた追い詰められていた」と推し量り、居場所づくりの必要性を痛感した。

 山口さんの娘が不登校だったこともあり、事件後には不登校の子どもがいる親の会を発足した。悩みを抱える親子と接しながら子どもが安心して過ごせる「居場所」の活動を現在も続けている。また、学校などで犯罪被害に関する講演をしたり、罪を犯した人たちに刑務所で講話をしたりする活動にも取り組んでいる。

被害者・山口さん、犯人との面会

逮捕から5年後、山口さんは犯人の元少年と面会した。
元少年は「大変なことをして申し訳ありません」と言いながら深々と頭を垂れ、謝った。

山口さんは「これまで誰にも理解されず、つらかったね。だけど、あなたの罪を赦したわけではない。赦すのはこれからです。これからの生き方を見ているから。」と伝えたという。